「九州筑豊旧炭鉱研修」 報告

井坪 葉奈子

日時:2022年2月20日―2月22日

場所:福岡県

主催:東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクトH「生命のポイエーシスと多文化共生のプラクシス」

「九州筑豊旧炭鉱研修」は、2022年2月20日から2月22日の3日間で、福岡県の筑豊における炭鉱労働の歴史について学び、日本や朝鮮、中国から集められた強制労働の犠牲者らの追悼や遺骨返還、戦後補償運動に携わる地元の方々からお話を伺うという研修であった。IHSの学生3名と、外村大先生・逆井聡人先生・金美恵先生の計6名が本研修に参加した。

研修1日目となる2月20日には、関釜裁判で原告の方々を支援されてきた花房俊雄さん、恵美子さんご夫妻から、戦後補償運動について伺った。関釜裁判とは、日本軍慰安婦被害者と女子勤労挺身隊被害者が、韓国から来日し、山口地裁下関支部に、日本政府による公式謝罪と賠償を求めて提訴した「釜山従軍慰安婦・女子勤労挺身隊公式謝罪等請求事件」のことを指す。事前研修で拝読した、花房さんご夫妻の著書「関釜裁判がめざしたもの: 韓国のおばあさんたちに寄り添って」で疑問に思った点、興味を持った点について、直接お話を伺える貴重な機会であった。高齢になり、亡くなる被害者・当事者の方も増えてきている中で、今後何ができるのか、何をしていくべきか、ということが個人的には一番の関心事となった。また、研修2日目に筑豊地区を回る際の案内役を引き受けて下さった朴康秀さんから、資料を用いたオリエンテーションがあった。花房さんご夫妻と朴さんのお話を伺う中で、この歴史について、様々な世代のたくさんの人に、長く広く伝えていくことが、今後重要なのではないかと感じた。知らなければ、自分なりの意見を持つことすら出来ないためである。しかし、次世代に伝えていくと言っても、課題は多くある。私は特に、若い世代にどうやって強制労働などの歴史を伝えていくのかという「方法」の部分、また何をどのように伝えるのかという「内容」の部分に興味を持ち、3日間を通して考えたい課題として設定した。

2日目の2月21日には、筑豊の飯塚地方や田川地方に実際にフィールドワークに出かけた。法光寺の「朝鮮人殉難者慰霊碑」や石炭記念公園「韓国人徴用犠牲者慰霊碑」、豊州炭鉱特別訓練坑坑口、古河大峰炭鉱跡、日向墓地、麻生セメント、見立墓地納骨堂、真岡炭鉱慰霊碑、香春神社と、筑豊エリアに点在する強制労働に関連した場所に赴いた。それぞれについて、朴さんから非常に丁寧かつ、事実やエビデンスに基づいた解説を伺うことができた。どれも印象深かったが、豊州炭鉱特別訓練坑坑口と日向墓地について本報告では述べたいと思う。

特別訓練坑には、反抗したり、逃げようとしたりといった「不良朝鮮人」が放り込まれたとされる。その坑口は、急斜面になっており、暗く、数メートル入っていくだけでも足がすくみそうになった。炭鉱の労働環境は悪かったと何回も聞いていたし、事前研修の資料などを通して、衣食住の面だけでなく仕事自体が非常に過酷なものであると理解していたつもりではあったものの、実際に自分が坑口に行ってみると、改めてその事実が浮かび上がるような感覚を持った。前述した「伝える方法」の部分に関して、過去の歴史として伝えるのではなく、豊州炭鉱特別訓練坑坑口で私が感じた現実味のようなものも併せて伝えられる設計にできると、より自分事として、正面から歴史や出来事に向き合えるのではないかと感じた。

日向墓地では、「内容」の部分について考えるきっかけを得られた。日向墓地に関しては、事実に基づいていない誇張された話が伝わってしまっている部分もあるという。史料を適切に用いて、事実を明らかにしたうえで、その事実と向き合っていくことの重要性を感じた。亡くなった方々を自分の主張のために利用したり、自分にとっての「正義」の名のもとに事実を捻じ曲げてしまったりすることはあってはならないと考える。

最終日となる2月22日には、福岡市中央区にある「ありらん文庫資料室」にお邪魔し、主催者の森川登美江さんから、記録作家の林えいだいさんについてお話を伺った。様々なところで、いろんな方々が、自分なりのやり方で過去を伝える活動をしているのだと知ることができた。過去に参加したIHSの「在日コリアンを知る京都・大阪研修」では、ウトロ地区を見学させて頂き、記念館の設立計画などについてお話を伺ったが、「つらい体験とクロスするので飯場はもう見たくない」「飯場を見られるのは恥ずかしい」というウトロ住民の声もあるということを教えて頂いた。今回の研修で、関釜裁判の原告のハルモニ(おばあさん)たちや筑豊で働いていた人々について伺い、「つらい記憶」を後世に伝えていくときの方法については、関係者の気持ちを大切に、丁寧に検討していくべきだと再度考えることができた。

本活動報告書でも、「歴史」や「過去」といった言葉を使ってしまっているが、今回の研修に参加し、「歴史上の出来事」として現在から切り離したところに追いやるのは少し違うという感想を抱いた。強制連行や強制労働が実際に起こった時代からは確かに時が流れているが、伺ったお話の中や、見学させて頂いた場所には、過去の出来事として消化され切っていない、今もなお苦しむ人がいる「現在進行形の課題」としての強制連行・強制労働があったと思う。まずは自分が、今回の研修で知ったこと、学んだことを、過去のことではなく、現在進行形の課題として捉え、未来のためにできることをやっていければと感じた。

最後になりましたが、研修でお世話になった、花房さんご夫妻、朴康秀さん、森川登美江さん。私たちを暖かく迎え入れ、非常に貴重な学びの機会を下さったことに、心より御礼申し上げます。ありがとうございました。