IHS多文化共生・統合人間学実験実習II
2020年10月19日(月)
調査者(五十音順):大井将生、季高駿士、張宇傑、趙誼、中川亮、朴美煕、ピーピョミッ、松井晋
0. 企画の概要
年初に端を発したCOVID-19は、現在も日本を含め、世界各地で大きな影響を人々の生活に与え続けている。これに対し、各国・地域では、状況に応じて感染拡大を防ぐための様々な措置が取られてきており、それに対して人々もさまざまに反応している。
ところで、そうした人々の反応は、少なくとも日本国内の主流メディアやSNSの断片的情報からはほとんどわかってこない。今いる場所で生活せざるを得ない人々にとって、指示された対策を受け入れてライフスタイルを変えることに伴うストレスは大きな問題であり、それに向き合う方法は一つの課題となるだろう。また、COVID-19の専門家ではない我々は、情報をメディアから受動的に得るしかなく、それゆえ先行きに不安を感じることもある。このようなストレスや不安と向き合う上で、ほかの人と生活の状況を共有しあうことは一つの救いになる。ほかの人々の生活について知ることは、より客観的に自分の生活を見つめなおす機会になりうるからである。幸運なことに、COVID-19はオンライン会議インフラの普及を促したため、今では自宅に居ながらにして外国に住む人々の話を聞くことができる。
本企画の目的は、この利点を活かして、日本やそれ以外の地域におけるCOVID-19下の生活実態を調査し、ストレスや不安といったCOVID-19によるネガティブな心理的影響に向き合うすべを探ることである。本企画では、海外でCOVID-19の影響を受けている人々を対象にアンケート調査[1]とインタビュー調査を実施し、ほぼ世界全域からCOVID-19下の生活実態に関する情報を得ることができた。ただし、アンケート調査には日本からの回答もあった。
以下では、調査方法の概要に続いてアンケートとインタビュー調査の結果を述べ、最後に本企画の総括を行う。[2]
1. 調査方法
本企画では、COVID-19が生活に与えた影響の全体的傾向を把握する量的調査として無記名アンケート調査を実施し、その後個々人のより詳細な状況を把握するための質的調査としてインタビュー調査を実施した。
量的調査については、Microsoft Formsを用いてアンケートフォームを作成し、スノーボールサンプリング調査法を用いて、企画者の知人やFacebookを通じて、世界各地の人々に回答を依頼した。アンケートでは選択式と記述式を組み合わせ、合計32個の質問項目を用意した。アンケートには日本語版のほか、英語、中国語(繁体字、簡体字)、韓国語、フランス語版を用意し、回答者が答えやすい言語を選択できるようにした。
質的調査としては、日本以外の地域に居住している企画者の知人に協力を依頼し、2020年6月25日~7月4日までの期間に、Web会議ツールZoomを用いたオンライン形式のインタビューを実施した。インタビューでは、「居住地の状況」「家族関係」「生活リズム」「心身の状態」「考え方の変化」などについて聞き取りを行った。協力者は20~30代の男女8名で、職業は会社員1名、大学院生3名、大学教員3名、バンドメンバー1名である。協力者の居住国(マレーシア、モロッコ、ドイツ、カザフスタン、ブラジル、フランス、中国)は、協力者の出身国・国籍とは必ずしも一致していない。使用言語はインタビュー回答者の希望に応じたが、言語に関わらず所要時間が約1時間となるよう統一した。
2. アンケート調査の結果
以下では、アンケート調査の結果を提示する。アンケートフォームは現在も締め切っていないが、回答数の多い2020年6月20日~7月20日に絞って議論を進める。この期間の回答者数は、7月20日時点で275名、年代は10代から70代までで、回答者の居住地域は、アジア・北米・南米・ヨーロッパ・アフリカ・オセアニア、及び「その他地域」である。幅広い年齢層・多様な国・地域から意見を収集することができた一方、回答者数における属性には大きな偏りが見られた。年齢では20代が多く(43%)、居住地域はアジアが多数(68%)を占めている。この要因は、調査者の知人を中心にアンケートを依頼していることにあると考えられる。
続いて、調査者らが注目した質問項目に関して簡単に概要をまとめる。
■「COVID-19によって、あなたの生活はどのように変わりましたか?」では「少し悪くなった」が最も多かった。
■「COVID-19による自粛生活の中であなたが行っていたことや心がけていたことは何ですか?」に対しては「健康への配慮」が最多の111名であったが、「COVID-19によって、あなたの生活で変わったと思うことは何ですか?」に対して「衛生環境に対する習慣」と回答したのは21名と少なかった。ここから、COVID-19下において衛生管理に関する不安や対策の必要性の認識が、習慣を変化させるまでには至らなかった例が多いことが示唆される。
■「COVID-19によって、あなたの出身国や地域、居住国や地域の教育で変わったことがあるとすれば、何が変わりましたか?」との質問には205件の回答があり、その内容から多くの地域でオンライン教育が実施されていることが明らかになった。回答には、オンライン教育に対する賛否両論のほか、家庭での教育のあり方に対する意識や、教員のリテラシーに関する意見、カリキュラムの抜本的な見直しの必要性、授業料返還の要求、オンライン試験の公平性に関する疑義、経済状況がオンライン教育の実現を妨げる可能性の指摘などがあり、今般メディアなどで議論されているテーマはアンケートの回答でも提起されていた。
■「COVID-19によって、政治に対するあなたの考え方はどのように変わりましたか?」では、「政治(家)への不信感が増した」という意見が圧倒的に高い割合を示しているが、なかには「政治への関心や変化」を要する声も多くある。調査時期に緊急事態宣言が解除されることが決定されていた日本では、政治への不信感を示す声が比較的多い。
■COVID-19に関する情報の入手に関する質問への回答結果から、過半数を大きく上回る人々がCOVID-19関連情報に日常的に高い頻度で触れていることがわかった。COVID-19に関する情報は主にインターネットやテレビで得ているとの回答が最も多く、次いで、周囲の人づて、SNS、新聞と続いた。「応答者の国の政府が発信する情報に関する信頼度」に関しては、過半数が信頼感を示している一方、およそ4分の1は情報に対する信頼度が低いと回答している。
■「COVID-19による得失」に関する質問では、以下のような意見が得られた。
まず、得たものとして、多くの人が自粛生活により趣味、家族との時間、読書のような「自由時間」が増えたと答え、「特にない」と答えた人がその次に多かった。
一方で、失ったものに対しては、「仕事と収入」、「行動や移動に自由」、「人間関係・人との交流機会」の順で多くみられるが、「特にない」と答えた人も少なくなかった。
■人々が「特に大変だと感じたもの」では、「外出や移動の制限」が多数を占めており、それに続いて「経済的状況や貧窮」への懸念が多くみられる。「感染への恐怖」や「ワクチンの開発」に対する心配よりも、むしろ「マスクの品切れ」や「マスクの着用を継続する」ことに言及する人の方が多かった点は興味深い。「不安に感じていること」では、「友人や自分、家族が感染すること」や「収束の見通しが不透明であること」への不安が最も多く、続いて「仕事や収入」、あるいは「国や全世界の経済」への不安が挙げられている。
■「withコロナ」生活における展望に関する質問では、「後一年以上かかる」という意見が多数を占めている。
以上のように、本アンケートでは様々な論点に関して、世界各地の人々から意見を収集できた。各論点についてより精密で計量的な分析を行うには、テーマを絞りつつ、回答者の属性・質問内容・選択肢の設定などを検討しなおす必要があることは言うまでもない。ただ、このような規模でCOVID-19についての認識や意見を収集したことで、今後調査すべき問題群がより明瞭になったという点では一定の意義があるだろう。
3. インタビュー調査の結果
続いて、インタビュー調査の結果について述べる。
■インタビュー協力者の居住地域における状況
すべてのインタビューの協力者が、居住地域で感染拡大を防止する何らかの措置が講じられていたと述べている。インタビューによると、ほとんどの地域で外出禁止令が施行されたことがあり、同じ国でも感染状況によって地域ごとに一定の違いがある。多くの場合、住民の外出を制限し、密接を避けるべく一定の距離を保つよう要請されており、中でもフランス、中国、カザフスタンでは外出に許可が必要とされるなど制限措置が比較的厳しい。
マスクについては、公共交通機関での着用が義務化されたケースが多いことと、コロナウイルス感染が拡大した初期には、マスクの品切れが世界中で発生したことが分かった。ドイツ在住の協力者によると、住民に対してマスク着用を強制する措置がとられ、従わない場合には約20万円の罰金が科される可能性もあったとのことである。
自粛生活の間には、様々な「社会問題」も露見している。一般的な問題として失業や貧困層の生活が注目されている。今回調査した範囲では、ブラジル、ドイツ、モロッコの回答者が政府による経済的援助に言及した。
■家族関係について
インタビュー協力者の多くは、自粛生活中に電話やインターネットで家族と連絡を取り合っていたため、家族関係には変化がなかったと回答している。モロッコと中国の協力者は、自粛期間にはむしろ家族の紐帯が強まったと回答している。
一方、半数の協力者は自粛期間に地域で家庭内暴力が増加していると述べており、とくにブラジル在住の協力者は家庭内環境が一般に悪化傾向にあるとしている。ブラジルにおいては、社会的格差が感染の拡大にも影響を与えており、同協力者は「社会格差が人を殺す」という表現で問題を提起した。
■生活リズム
ヨーロッパ地域の協力者3名が自粛期間中の生活リズムには特に変化がなかったと回答する一方、他地域に居住する残り5名は生活リズムが変わったと述べている。その中で、ブラジル在住の協力者は自粛期間中にパソコンの使用時間が増え、COVID-19前には6~7時間であった勤務時間が平均13時間に増えたと述べた。また、ブラジルとカザフスタンの協力者は、ジムでトレーニングやジョギングができなくなったという。
さらに、自粛生活の中で、協力者たちは睡眠時間の減少や不眠の症状をある程度抱えていることが分かった。睡眠の質が低下する原因としては、在宅勤務への転換による生活の乱れと感染拡大に対する不安の両方が挙げられている。
■心身の状態について
協力者が挙げた自粛期間中のストレスとしては、人と直接会えないストレス、家族の安否に対する懸念、在宅勤務時に仕事とプライベートが区別できなくなるストレス、失業する恐れ、感染状況の見通しが不透明であることへの不安などがあった。
協力者たちがそのようなストレスフルな状況への対処法として挙げたのは、ビデオ通話やオンラインゲームなどで家族や友人などとの繋がりを確認すること、本を読むなどストレス以外に意識を集中させること、そして、連絡手段やCOVID-19関連情報を一時的に遮断することであった。
■考え方や習慣の変化について
考え方の変化の有無に関する質問に対し、カザフスタン在住の協力者は自粛期間を挑戦と自己研鑽の期間と捉え、時代の変化に対応する必要性があることを強調した。
フランス在住の協力者は、食材の質にこだわるようになり、質の良い食事をとることが楽しみになったと述べた。
モロッコの協力者は、自分の感じたことや経験を共有することで、苦難を共有でき、それが救いになるのではないかという考えから、非公開にしていたブログを公開し始めたという。また、自粛生活では買い物の機会が制限されていたため、本当に必要なものを選ぶ習慣ができ、以前から目指していたミニマリスト的生活を少しずつ実現しているとも述べた。
マレーシア在住の協力者も、自粛生活期には、本当に必要なものが何かを理性的に考えるようになったと述べている。
■その他
インタビューの最後に、自由にコメントを求めたところ、以下のような回答が得られた。
中国在住の協力者は、隔離期間中、人との接触を避けるためにいつも何かに包まれている状況下に置かれていたため、封鎖解除後の生活に戻っても、人と人との間に本当の信頼関係を築くのが難しいと思うと述べた。
ブラジル在住の協力者は、コロナに対してインフルエンザ並みに備えなければならない日が来るのではないかと述べた。
4. 総括
本企画ではCOVID-19の感染拡大が人々に与えた影響を調査するべく、アンケートとインタビュー調査を実施し、COVID-19に対する様々な反応を得ることができた。
調査全体を通してみると、協力者たちが感じている不安の原因は、COVID-19の情勢が不安定であること、ウイルスが視認できないことから生じる「潜在的脅威」にあるようである。また、ストレスの原因は、主としていわゆる「新しい生活様式」、特に人との接触を避けたり、オンラインでの活動に移行したりすることへの対応と結びついている。また、アンケート調査からは、衛生管理の重要性が意識されつつも、それが習慣の変化には結びついていないことも示唆されたが、これも従来とは異なる生活の在り方への適応が困難であることのあらわれの一つに数えられるかもしれない。もちろん、ひとたびそうした生活に慣れてしまえば、武漢のインタビュー協力者が述べているように、従来の社会生活に戻れるだろうか?という不安も生じてくるのである。
「新しい生活様式」と呼ばれているようなものへの対応は、人々に今後求められる資質になるのであろう。ただ、ブラジルのインタビュー協力者が言及しているように、その資質の有無は、多分に社会格差の問題とも絡みあっている。ホワイトカラーであるとか、デジタル機器を十分に所有しているというような、資本の有無にある程度依存すること、そして「新しい生活様式」への対応力というのはある種の社会資本、ないしハビトゥスの問題であることを見失うと、コロナ前と後の生活をまるで文化の先進性と後進性になぞらえることになりかねない。「従来の生活に戻れるだろうか?」という不安は、「あんな生活に戻ることはできない」に読み替えることもできるのである。
不安やストレスへの対応方法という観点で調査結果を眺めると、今の状況が長期間続く可能性を早々に受け入れてそこにポジティブな面を見出す協力者が多いようである。ただ、アンケート調査では経済的な困窮に言及している回答もあり、そういったストラテジーを実行するだけの精神的・物質的余裕がない人々もいることも明らかである。そうした人々に対しては、単に「新しい生活様式」を要請してみたり、自主性や責任感のようなものに訴えるよりも、まずは彼らが必要としている支援を提供するべきであろう。
[1] 国内で実施された調査としては、Do Our Bit 学生プロジェクトほか (2020)「強制か自粛か? COVID-19における日本人大学生の意識調査結果」『国際保健医療』35(2),pp. 93–95. /内閣府 (2020)「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」,https://www5.cao.go.jp/keizai2/manzoku/pdf/shiryo2.pdf ,閲覧日2020年10月10日./ 齋藤経史ほか (2020)「新型コロナウイルス流行の研究活動への影響等に関する調査-博士人材データベース(JGRAD)におけるウェブアンケート調査-」,科学技術・学術政策研究所 ,https://doi.org/10.15108/rm298,閲覧日2020年10月14日.などがある。また、日本国内の外国人留学生に対する調査の必要性を示したものとして、勝間靖 (2020)「COVID-19 の大学生への影響:日本における外国人学生を中心に」『国際保健医療』35(2), pp. 89–91.がある。
[2] 本稿は、IHSウェブサイト用に編集した報告書(概要版)である。