「シンガポール研修」報告
高村 夏生

「シンガポール研修」報告 高村 夏生
日時
2017年2月13日(月)〜16日(木)
場所
シンガポール国立大学(NUS)、NUS-Deltares、Urban Redevelopment Authority、Centre for Liveable Cities 、NEWater Visitor Centreなど
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト3「科学技術と共生社会」

去る2月、「都市のレジリエンス(resilience)」をキーワードにシンガポールにて研修が行われた。東京都23区部(626.7km2とそう変わらない719.2km2という狭小な国土に、約560万人の人口が集中するシンガポールは、7,797人/km2という国としては世界屈指の人口密度を誇る。限られた自然資源と高人口密度に伴う諸問題に対処すべく行われているシンガポールの取組みは、官民の強固な協力体制とその独自性、さらに持続可能な開発目標(SDGs)の設定等の世界的な潮流も背景に、近年大きな関心が寄せられている。本研修ではそうした取組みを担う代表的な機関、施設を訪問したが、ここではその中からNUSDeltares、Center for Liveable Cities(CLC)、NEWater について報告したい。

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NUSDeltares

初日に伺ったNUSDeltaresは、シンガポール国立大学(NUS)とオランダの水インフラ及び土壌利用に関する研究機関Deltaresによる連携研究機関(体制)である。国土の4分の1が海面より低い干拓地であるオランダは、治水技術・事業の極めて発展した国であり、Deltaresはそのオランダ政府の研究組織や民間の研究施設を統合して発足した独立の研究機関である。NUSDeltaresでは互いの知見を活かして特に、Climate Adaptation、High Density Living、Urban Water Managementに焦点を当てて研究協力をしているそうだ。

NUSDeltaresにおける各プロジェクトも興味深かったが、まず印象的であったのは、Deltaresにおける「研究による知見を『開かれた』(=社会の諸側面で利用・応用可能な)ものにする」という一貫した姿勢が、NUSDeltaresにも受け継がれている点であった。時に(特に大学における)研究成果が実社会での利用にまで至らないこともある中で、そうした姿勢を強く打ち出すことは、「都市のレジリエンス」という分野が現場との連携が最も重要な学術領域の一つであるだけに非常に重要なことであろう。さらにNUSDeltaresがその研究の焦点を、今後さらに発展していくアジアの大都市の共通課題と位置付けることで、研究を通じてアジアの都市問題への取組みを牽引するというメッセージを明確に打ち出していたことも印象深かった。研究を、確実に社会にプレゼンスを発揮する形で遂行しようとする姿勢には目を見張るものがあった。しかし、こうした顕著に開かれた研究のあり方は、シンガポールという国の事情を伴うものであるようだった。後に訪れたUrban Redevelopment Authority(URA)、CLCで感じたのは官民一体となったある種の「効率性」の希求であり、そうした精神が上記のような研究姿勢を下支えしているのかもしれなかった。

他方、NUSDeltaresの取組みは、日本あるいは東京との比較という点では問題意識のずれる部分もあったように思う。気候や災害関連のモニタリング・予測技術は両者に共通する課題の一例であろうが、日本は比較的水資源の豊富な国であり、加えてインフラも十分整備されている部分が多いため、対干ばつ対策や、新たなインフラ整備に関しては文脈を異にする印象を受けた。むしろ日本の課題は既存のシステムをどう維持していくかであり、それは超高齢化・人口減少という「縮んでいく」社会状況の中で難しい舵取りを迫られる問題でもある。しかし、そうした維持マネジメントも、いずれはどの国も直面する課題だろう。この「課題の時間差」をどう活かして国際協力に繋げられるか、今回は研修の時期の都合上叶わなかったが、やはりこの種の課題に携わる日本のカウンターパートの方々にも直接意見や見解を伺ってみたいと思った。

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Center for Liveable Cities(CLC)

翌日訪れたURA Center内のCLCでは、人口過密都市における取組みの例として、シンガポールの土地利用計画について講演をしていただいた。シンガポールの国土利用はMinistry of National Development(MND)下に発足したURAが担っており、ここでは今後40-50年の国全体のConcept Planを作成した後、10-15年間のより具体的なMaster Planを作成して計画を実施している。CLCは2008年にMNDとMinistry of the Environment and Water Resourcesによって設立された比較的新しい組織で、URAと緊密に連携を図りながら「より住みやすくかつ持続可能な都市」の実現を目指し、研究から計画立案、提言など多岐にわたる事業を行っている。

講演で紹介されたMaster Planの詳細さ、またシンガポールの居住者の約80%が公共住宅に住んでいるという事実は日本では想像し難いものであった。さらに、限られた国土を最大限活かすための上・下・横の取組み──積極的な高層建築の建設、深度に応じた地下空間の利用開発、干拓による国土の拡大等──にも、徹底した最適化・課題解決の姿勢を感じた。こうした印象は、官の強さが取り上げられやすいシンガポールのイメージと合致するものであるが、一方、近年ではコミュニティの意見を取り入れた開発事業も実施しているそうで、スタッフの方からは昨年行った東京における「まちづくり」の現場視察についてもお話があった。

現前する課題を解決する上で、官民のバランスやリーダーシップのとり方は難しい問題だろう。とりわけ「住みやすい都市」とは間違いなく市民一人一人の希望を元に描かれるものであるものの、多様な声を全て反映するのは不可能である場合も多く、また丁寧なプロセスもそのコストが不満の種となりうる。人口過密と言えば都市機能の問題として捉えられるが、当然それはそこに住む一人一人の生活環境形成の問題であり、共同体の合意形成の課題ともなりうるものだ。一方、上述の公共住宅の担当機関であるHousing & Development Boardは、公共住宅を通じたコミュニティ形成にも力を入れており、“racial harmony”を実現することも目的の一つとしているそうだ。CLCは、都市機能の課題のもつ多様な側面を認識する場ともなった。

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NEWater

3日目にはNEWater Visitor Centerを訪れた。水資源に乏しいシンガポールは、かつて水需要の50%以上を隣国のマレーシアからの輸入に頼っていたが、その価格を巡りマレーシアから大幅な値上げ要求が行われたことから、自国による水完全自給に心血が注がれてきた。現在、シンガポールの水道水は元来の輸入水に加えて貯水システム、NEWater(下水処理水をさらに処理して得られる飲用水)、淡水化水(海水由来)から構成されている。中でもNEWaterは既に国内需要の40%を担えるほどまで発展し、シンガポールの水マネジメントの成功例として国際的にも名高い取組みとなっている。

NEWaterでは、主に3つの段階を経て水処理が行われる。第一はマイクロフィルター濾過、第二は逆浸透膜処理、第三はUV照射である。数値としての安全基準は完全に満たしているものの、利用者の心情を考慮してか、シンガポールの小学校ではNEWater Visitor Centerを訪問し、ペットボトルの無料配布を受けて試飲する機会が設けられているそうだ。URA Center内のビジターセンター、また各機関のホームページを参照しても感じたことであったが、シンガポールの公共事業は利用者へのアウトリーチにも熱心である印象を受けた。今回は焦点をあてることができなかったが、そうした情報共有における取組みの比較も今後取り上げてみたいと思った。

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最後に

今回の研修を通して、シンガポールにおける「都市におけるレジリエンス」の取組みそのものだけでなく、情報発信の在り方や連携研究・官民協力体制、課題の位置づけ方など、その「取組み方」も印象的な点が多かった。本研修はプロジェクト3で企画されたものだが、「社会課題への取組み方」という切り口においては他プロジェクトと協力し、よりテーマを深化できる可能性も感じた。昨今、IHSにおける各研修・学びの共有とフィードバックの在り方について所属学生間でも議論が出ているが、今回の研修は、プロジェクトを超えてその発展版を企画するのに良い例であるかもしれない。本研修を点で終わらせないために何ができるか、考えようと思う。

報告日:2017年3月31日