「演習VI講義第10回・実地研修」報告
川端 野乃子

「演習VI講義第10回・実地研修」報告 川端 野乃子
日時
2017年7月24日(月)13:00 - 15:00
場所
株式会社遺伝子治療研究所(川崎)
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト3「科学技術と共生社会」

演習Ⅵでは、これまで遺伝子検査をテーマに、科学と技術の関わりについて学んできた。その一環として、本研修では、川崎にある株式会社遺伝子治療研究所を訪れ、CFOの成瀬さんから「遺伝子治療による難病治療開発プラットフォームについて」という題目でお話を聞く機会をいただいた。

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遺伝子治療研究所とは

遺伝子治療研究所とは、その名の通り遺伝子治療の開発に取り組んでいるベンチャー企業である。自治医科大学の村松教授が創製したアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター技術を基盤とし、中枢神経領域・先天性代謝疾患難病の克服を目指している。そもそも遺伝子治療とは、異常な遺伝子によって機能不全が生じている細胞に対し、体外から正常な遺伝子を組み込むことで病気を治療するものである。1990年代に臨床試験が開始され、がんをはじめとする数多くの疾患の治療を可能にする技術として注目を集めてきた。開発当初、アデノウイルスやレトロウイルスをベクターとするのが主流であったが、これらには安全性に課題があり、20年ほど前に起きた死亡事故を原因に日本では研究が下火になっていた。今回私たちが研修に訪れた遺伝子治療研究所では、非病原性ウイルス由来のAAVベクターを利用することで高い安全性を保証した治療法の開発に取り組んでいる。AAVベクターは標的細胞を自在に選択することができ、また一度の投与で長期的に発現するため、安全で効果的な治療法として期待されている。

遺伝子治療の可能性

現段階では、遺伝子治療研究所は主にAAVベクターの製造法開発に取り組んでいるという。AAVベクターを安定して供給できる体制が整えば、ベクターの中に多様な遺伝子を導入することで、様々な疾患の治療が可能になる。既にAADC欠損症とパーキンソン病については臨床研究が行われているという。AADC欠損症は、遺伝子の異常が原因で運動障害が起こり、歩行や座位すらも困難になってしまう病気である。そのうち肺を動かすこともできなくなり、呼吸不全によって死に至ってしまう。日本ではわずか6人しか診断されておらず、根治治療も確立されていない難病である。患者数の少ない希少性疾患は、ビジネス上大きな収益が見込めないことから、医薬品の開発もなかなか進んでこなかった。遺伝子治療研究所は、こうした希少性疾患も対象とした治療法開発を目指しているという。ここには、創設者であり医師でもある村松さんの意向があるのかもしれない。

遺伝子治療の実用化の課題

これまで私は自分の研究を進める過程で、基礎研究がどのように臨床研究に結び付き、社会に還元されるのか、という点について強い関心を持ってきた。医学の領域でも多くの基礎研究が行われており、疾患にかかわる生命現象が次々と明らかになっている。しかしながら、そうした研究の中で医療現場で実際に用いられる治療法に結びつくものはほんの一握りだ。もちろん技術面や安全面の課題から実用化へとつなげるのが難しい研究もあるだろうが、今回のご講演を受けて、法制度や社会体制の影響も大きいのではないかと感じた。特に遺伝子治療のような比較的新しい手法を用いた治療法は、実用化までの道のりは並大抵ではないと予想される。日本では、欧米と違い治験と臨床研究で異なる指針に基づいて審査が行われるため、臨床研究から治験への移行の際、臨床研究の成果を承認申請データとすることが難しい。また、治療法の開発は主に大学で行われ、企業による開発・介入が少ないため、国家による規制を乗り越えて、大学での成果が治療用製品という形で実を結ぶことがなかなかないという。安全面・倫理面の保証は必要だが、欧米に遅れをとらず遺伝子治療開発を進めていくためには、研究機関と企業、国家の連携を今後も進めていくことが重要であろう。

報告日:2017年7月24日