「演習VI講義第6回・実地研修」報告
三田 寛真

「演習VI講義第6回・実地研修」報告 三田 寛真
日時
2017年5月30日(火) 17:00 - 18:30
場所
ジェネシスヘルスケア株式会社(渋谷区・恵比寿)
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト3「科学技術と共生社会」

1. 研修の概要

本研修では、まず同社の会議室にて会社概要やサービス内容、遺伝子検査業界の現状や将来像についての説明を受け、その内容について学生と職員の方との質疑応答が行われた。ビジネスとしての遺伝子検査や研究は、国や大学の研究所や医療機関が行っている公的、学術的な研究事業とは全く異なる立場である。そのため中心となった話題は、顧客である一般の消費者や海外を含めた市場の動向、業務の法的な側面などであった。

続いて同社内にある研究所に移り、実際に遺伝子検査で使用する機材の紹介や検査のデモンストレーションをしていただき、生の現場の様子を見学した。研究所側のエリアと会議室などの事業所側のエリアは、情報管理や安全性の理由から職員でも筒抜けで行き来することはできないようになっている。このような会社自体のつくりも含めて、様々な安全管理体制を知る機会となった。

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2. 研修内容からの議論

今回の研修がこれまでの実習と大きく異なるのは、ビジネスとしての医学、生命科学に触れたという点である。会社側からの説明でも述べられたように、遺伝子検査技術は費用の急速な低下や遺伝子治療への世間的な注目と相俟って、今までは生命科学に興味関心のなかった層にまでも普及する段階に来ている。今回の研修内容は、学術的な研究への関心だけでは見えにくい、情報管理や企業の責任といった、科学技術と消費者との関係を考えるきっかけとなった。そこで以下では、遺伝子検査技術が社会のあらゆる層に普及する際に考えられる問題点について検討した。具体的には、まず消費者側の問題として、個人の遺伝情報が「当たり前」となることについての問題意識を述べた。次に企業側の観点から、事業者の増加によって生じる情報管理上のリスクについて検討した。そして最後に、消費者と企業との接点として、市民に対する企業の教育的役割について述べた。

2.1 消費者側:遺伝情報の「当たり前」化

遺伝子検査の普及が進み、多くの人が自分の遺伝情報を知っていて当然の社会になれば、人生のあらゆる段階で遺伝情報を活用する機会が増えていく。研修内の議論でも言及されていたが、たとえば就職活動において適性をはかる目的で個人の遺伝情報が利用されるようになるかもしれない。あるいは、自分に最も合う健康管理法が分かるなど日常にも応用されうる。一方で、遺伝子情報は一生変わらない個人情報として、ある意味で客観的に個人を表現できるため、それが悪く働けば他のどの個人情報よりも強力に、その人の様々な属性と結びつけられる可能性がある。場合によっては、科学的根拠が全くなく、研究者や企業も意図しなかったようなステレオタイプ的な判断や偏見につながる可能性もある。似たような先例として現に私たちは、血液型と性格や運勢が科学的根拠抜きに結びつけられたり、肌の色と特定の性質が差別的に結びつけられたりした歴史をすでに経験している。皆にとって当たり前の情報になると、その分不正確な情報や不適切な理解が混ざる可能性も高くなることを、私たちはそのような先例から学んでおく必要があると考えている。

2.2 企業側:事業者の増加について

遺伝子検査が低コスト化していけば、この業界への新規参入や新しいサービスの立ち上げは容易になり、事業を行う企業が増えることが予想される。当然ながら倒産や、他社に吸収される企業も出てくる。すると、その会社が保持していた顧客の遺伝情報が、そのサービスを利用した時点では認識されていなかった形で所在不明になったり、他者に流出したりする危険性が生じる。また、多くの事業者が立ち上った場合、有力企業は費用をかけて情報セキュリティーを強められたとしても、小規模な会社では相対的に脆弱な管理しかできないことも考えられる。様々な穴を利用して不正に内部情報にアクセスされるという事例は、遺伝情報に限らず、すでに現在の私たちの社会で起きていることである。もちろん、こうしたリスクがあると同時に、企業の自主的なルール作りや情報悪用への対策自体が新たにビジネスとなり、情報セキュリティー分野で新たに技術開発や産業の活性化が促進されるというプラスの側面もあるとは思う。いずれにせよ遺伝情報の活用が進むほど、今現在個人情報について起きているような流出や悪用と全く同じ問題が、再び浮上すると思われる。

2.3 消費者の生命科学リテラシー向上における企業の役割

遺伝子検査の消費者となっていく人々の中には、自分の遺伝情報を知ることが何を意味するのかについて詳しい知識や意見を持っている人もいれば、(判断がまだできない子どもなども含め)そういった前提知識が全くない人もおり、全く同じサービスであっても、人によってそれが持つ意義や影響が全く異なる。そのような状況では、企業と消費者は単にサービスの提供と利用という関係だけではなく、企業が市民に適切なリテラシーを教育するという関係にもあるべきだと考えている。遺伝子事業を行う企業は市民に対して、遺伝子技術や生命科学一般に関する知識や意見を持たせるための啓発活動を率先して行うことができる存在だと思う。趣味や娯楽に関するサービスなどと大きく違って、遺伝子事業は内容への興味の有無に関係なく、個人の生命や人生設計に直結する重大な影響を与える場合がある。現在であればまだ、「興味のない人はそもそも検査を受けない」といえば終わってしまうが、皆が遺伝情報を明らかにしていることが「当たり前」となる時代になればなるほど、誰もが持つべきリテラシーとして遺伝子技術への問題意識が必要となる。それを養うのは、教育機関や国による整備を待つのではなく、より柔軟に企業が担うべきと考えている。

3. 終わりに

本報告書では、研修内容を踏まえて、遺伝子検査が業界の発展とともにより一般的になっていく中での消費者や企業の態度、その両者の関係について考えを述べた。すでに大企業や政策によってトップダウン的に業界の構造が固まっているような古い産業と異なり、遺伝子産業はそれらが今まさに出来上がる途中であることから、消費者の積極的な問題意識を取り込みながらボトムアップ式に作り上げる面がより強いと感じた。市民として、遺伝子検査技術以外のところですでに起きてきた問題をヒントとしつつ、新しい動向に注目し、科学技術と社会というより一般的な文脈で遺伝子検査技術について検討しなければならないと考えている。

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報告日:2017年5月30日