「実験実習Ⅲイギリス研修」報告
石田 柊

「実験実習Ⅲイギリス研修」報告 石田 柊
日時
2017年3月10日(金)〜16日(木)
場所
University of East Anglia (UEA), Open Dialogue UK, King’s College LONDON, Wellcome collection など
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト3「科学技術と共生社会」

3月10日から16日にかけて、教育プロジェクト3「科学技術と共生社会」の実験実習「障害の現場」の一環として、英国研修に参加した。本報告では、滞在地によって活動を大きく3つに分け、それぞれについて報告したい。

1. ロンドン(3月11日)

最初に訪問したのは、科学と医学を扱う博物館 Wellcome Collection である。この博物館を運営する Wellcome Trust は、元来は製薬長者ヘンリー・ウェルカムの財産管理団体であり、現在では医学研究を支援する財団として知られている。博物館には図書館が併設されており、医学史・医科学史に関する膨大な資料が所蔵されている。資料の一部(書籍や雑誌論文をはじめとする公刊物)は開架図書として一般公開され、博物館とあわせて科学・医学を一般向けに紹介する役割を果たしている。

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博物館では、医療器具や医科学に関連する史料、および最新の医学/医科学的トピックが常設展として展示されている。訪問時には、電気の歴史と動物観の歴史を扱う企画展がそれぞれ行われていた。これに加えて、博物館の各所で Disabled Access Day (後述)の関連イベントが催されており、研修参加者はシンポジウム・体験活動に各々参加した。これらのイベントには、髪を失うという出来事について語ることや、人間の認識において「におい」が果たしてきた役割を知ることをねらったものがあった。

Disabled Access Day とは、英国で2015年から毎年行われている企画群であり、今回(2017年3月10 -12日)はその第3回にあたる。期間中は、障害者に関連する様々な問題の理解促進を目指したイベントが英国各地で行われる。 Disabled Access Day は、英国国内のバリアフリー情報を提供するウェブサイト Euan’s Guide の運営団体が主催し、英国政府が支援している。

2. ノリッチ(3月12〜13日)

12日は全日、イースト・アングリア大学(UEA)にて Disabled Access Day 関連イベントに参加した。UEAでは、バリアフリーを主題としたキャンパスツアーのほか、支援器具のデモンストレーション、研究者や実践家の講演、障害者スポーツの体験セミナー等が行われた。

その中から Joan Latta 氏の講演を挙げる。氏は、脳性麻痺の当事者として、多くの場で脳性麻痺に関する啓発活動を行っている。氏は「コミュニティ・エンゲージメント」を推進しており、この語は講演全体のキーワードともなっていた。「コミュニティ・エンゲージメント」とは、障害当事者個人と当事者集団を媒介し、個人では得られなかった情報・支援を得られる環境を整える活動である。この活動が興味深いのは、単に個別的支援と集団的支援のどちらが効果的かという定番の論争から一線を画し、「集団的支援は集団に属していない当事者には行き届かない」という問題の解決を図っている点である。すなわち Latta 氏は、集団的支援そのものの功罪は別にして、当事者集団が実際に情報や支援要求のノウハウを多く持っているという事実をもとに、そうした利益を集団に属していない個々の当事者にも届けるための実践的方法を論じているのである。

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13日には、同じくUEAにて、IHSとの合同ワークショップに参加した。このワークショップでは、研修参加者およびUEAの研究者数名がそれぞれ研究発表を行なった。発表内容は、精神医療の歴史における家族の役割を論じるもの、ロボットと人間が「仲良くなる」ということの含意を検討するもの、「パーソナル・アシスタンス」という独特の支援方法がもたらす倫理的ジレンマを指摘するものなど、障害や支援に関連しつつも多岐に渡った。報告者は、「社会モデルと合理的配慮」と題し、英国障害者運動の主張「障害の社会モデル」と国際的な政策用語「合理的配慮」との理論的対応関係に関する考察を紹介した。

同日、報告者を含む研修参加者は、UEAの Tom Shakespeare 教授(IHSの国際メンターを務めていただいている)と面談し、研究上の助言を受けた。同教授は、障害研究および障害者権利擁護活動の両面で著名な人物である。この面談で、報告者の研究は、掲げている課題自体は興味深いという評価の反面で、実際の研究が「障害学 Disability Studies」という社会運動由来の特異な領域に過度に注目しすぎていることを指摘された。そして、同じ研究課題をより広い学術研究上の文脈に置くことを勧められ、そのためのヒントをいただいた。

3. ロンドン(3月15日)

15日、再びロンドンに戻り、2つの施設を訪問しそれぞれ講演をいただいた。

はじめに訪れたのは、キングス・カレッジ・ロンドンの Diana Rose 教授である。同教授は、科学・医学研究の立案や遂行自体に利用者が直接的に関与する「利用者主導研究 user-led research」の第一人者である。利用者主導研究は、よく知られた「利用者志向研究 user-oriented research」よりもさらに利用者志向である。後者は、研究成果の影響・意義を評価する上で利用者を念頭に置くけれども、研究そのものは専門家により行われる。しかし、利用者主導研究は、利用者のニーズ(したがって優先的に研究すべき事柄)は利用者自身こそが知っているのだということを前提しているので、研究全体にわたって利用者の参加を求めるのである。

講演の中で、石原准教授が日本の「当事者研究」を紹介し、これと利用者主導研究との比較が講演会の中心的な話題となった。当事者研究の大きな特徴として、利用者も含め誰も利用者のニーズを知らないという前提のもと、利用者自身がそれを研究するという点が挙げられる。すなわち、利用者主導研究と当事者研究は、ともに利用者中心的な研究活動である反面、利用者が自らのニーズを知っているか否かについては真逆の立場を取っているのだ。

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続いて Open Dialogue UK を訪問し、臨床家としてオープン・ダイアローグを取り入れている Nick Putman 氏に講演をいただいた。氏のみならず、英国は、フィンランドと並んでオープン・ダイアローグに力を入れており、国民健康サービス(National Health Service: NHS)にも組み込まれている。講演の中では、日本のオープン・ダイアローグの取り組みが石原准教授によって紹介されたのち、今後の展開についてアドバイスをいただいた。

ただし、英国の取り組みも決して理想的なものではない、と Putman 氏は言う。氏によれば、NHS主導のオープン・ダイアローグは、医学的介入の成果を確かめる指標として使われているにすぎない。それゆえ、オープン・ダイアローグが本来目指す、深い in-depth 長期的なアプローチが行われるのではなく、短期的で効果の薄いものになってしまっている。氏はこうした状況の原因として、オープン・ダイアローグに関するNHSの誤理解に加えて、NHSの慢性的な財政難にも言及した。そして、このような状況にあっては、NHSの外部でオープン・ダイアローグの活動を広げていくことに意義があるのだ、と氏は考えている。

まとめ・総合的所感

本研修では、「障害」や「障害者支援」に関連する先進的研究・実践に触れ、知見を深め、自らの研究活動を再検討できた。報告者自身について一点不満があるとすれば、報告者は、訪問先の活動自体を知ることに比べて、それと日本の活動との比較検討は十分にできなかったように思われる。もちろん、国外の先進的事例について「教えてもらう」ことは必要だ。けれども、それを超えて、日本の取り組みに関する十分な理解のもとで、一定のレベルで両者を比較する議論を国外の研究者・実践家との間で持つことこそが報告者に求められていたのではないか、と反省的に考えている。