ドイツ研修&国際合同学生会議 “Sharing Knowledge in a Globalized Civil Society” 報告
宮田 晃碩

ドイツ研修&国際合同学生会議 “Sharing Knowledge in a Globalized Civil Society” 報告 宮田 晃碩
日時
2017年2月16日(木)〜2月22日(木)
場所
ドイツ・エアランゲン=ニュルンベルクおよび周辺地域
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト2「共生のプラクシス──市民社会と地域という思想」
協力
フリードリヒ・アレクサンダー大学エアランゲン=ニュルンベルク、延世大学(韓国)

今回私はドイツ研修に参加し、ドイツのFriedrich-Alexander-Universität Erlangen-Nürnberg(FAU:エアランゲン大学)と韓国の延世大学と合同で開かれた、国際合同学生会議 “Sharing Knowledge in a Globalized Civil Society” に参加させていただいた。私としては初のヨーロッパ行であり、短い滞在を惜しむ心持であったが、それにも増して得るものは多く、今後の研究・活動に向けていくらかの礎石を見出したように思う。以下、概要と所感を記しておきたい。

学生会議は二日間、大学構内の大きな教室で行われた。大学はちょうど冬休みに入ったところで、発表者でない学生も幾人か来ていた。

エアランゲン大学でオーガナイズしてくださったマッテン先生は中国学の先生であり、その学生の発表も中国学に関係したものである。とはいえ内容は多岐にわたる。延世大学、IHSからの発表も合わせて、主題は地域・時代・分野を飛び回り、かつひとつの発表の中で(今回の学生会議のテーマに応じて)受容史を扱ったり二つ以上の地域の比較をしたりするので、あたかも話題のリンクによって複雑な模様を編み上げるかのようであった。私自身の英語能力の不十分さもあって容易に追えなかった部分もあるが、こうして「飛び回る」経験はこの学生会議のひとつのポイントであったようにも思う。

私自身の発表は、ちょうど12月に提出した修士論文の内容に手を加えたものだった。修士論文ではマルティン・ハイデガーと和辻哲郎を扱ったが、抽象的な内容であったので、今回の発表では時代的な背景と合わせて論じた。反省も多いが、ナチスに関連する史跡も見学した今回の研修で、この二人の哲学者を取り上げて発表できたことは、意義あることだったと感ずる。

他の方の発表について、委細は記さないが、具体的な内容以外でとりわけ印象付けられたのは、こうした多様なテーマにわたる議論の場における質問の重要性である。時々集中力が続かなくなり、どこが発表の核心なのか判然としなくなってしまうことがあっても、大抵は質疑を聞きながら考え直す間に、議論の話題に意識が追い付いてくる。当然ながら、議論をするためには、話題を共有せねばならない。だがそれは初めから一方的になされるものでもない。共有された話題に基づいて問う、というのは大原則だが、一方で、問うことが話題の共有を可能にする、つまり議論の場を醸成することもある。そうして問いは共有の働きを持つが、しかもその「共有」はただ予め用意されたものを分配するというのではなく、問題の核心に迫ったり、さらに議論を促進したりし得る。こう考えてみると、発表する側の心構えについても、ひとつ教訓がある。つまりその場での議論については質問者にある程度委ねる、という態度が必要だということである。発表者が心掛けるべきは「どのように議論を委ねるか」ということであって、そのために絶対譲れない部分、というのも逆算して生じてくるだろう──こんなことは基本中の基本かも知れないが、特に自分の狭い専門分野から離れた場で議論するという際、重要なことだとも思う。

それにつけ顧みられるのは、この国際学生会議の意義そのものである。中島先生はワークショップの最後に「“publish or perish” という文句があるが、これからはむしろ “associate or perish” と言うべきだろう」と仰っていた。実際この学生会議は既に日本、韓国での開催に続いて三度目の開催を迎えている。私自身は未だ、学問的交流に寄与すべき学識も、他人の研究に対して貢献すべき視点も、十分に持ち合わせていないように感ずるのだが、こういう危機感を抱くのは、「そのつど確実に貢献せねばならない」という意識が先行しているからかもしれない。むしろ交流の意義は、共に議論を醸成しあうというところに存するはずなのだ。このことを真摯に受け止めたいと思う。

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二日間のワークショップに続き、三日目にはエアランゲンから列車で20分ほど移動し、ニュルンベルクを訪れた。濃霧でほとんど何も見えない車窓はいかにもドイツらしいのだと、やや喜んだけれども、ニュルンベルク駅に降り立ち、中世の城塞が青空の下にくっきり聳えるのを見たときには、さらに嬉しく思われた。

午前中には博物館で、神聖ローマ帝国のカールIV世に関する展示をガイド付きで見学させていただいてから街をすこし歩き、午後には郊外に移動してナチス博物館を──ナチス時代の巨大な遺構とともに──やはりガイド付きで見学させていただいた。この行程もマッテン先生によって極めて周到に計画されたものであった。そのことは、巨大な通りに立って──そこはナチスが軍隊のパレードのために造ったものである──、曇り出した広大な空の下で解説を伺ったとき、明らかになった。「ヒトラーが何故この場所をナチスの拠点とし、こうして大通りや大スタジアムを建造させたりしたか……。理由は大きく三つあります。第一には、ニュルンベルクが古い歴史を残した都市だからです。いまは樹に隠れて見えませんが、この方向の真っ直ぐ先に、中世の城塞都市が見えたのです。……行進する隊列が、あたかも神聖ローマ帝国の時代から、歴史の連続性を示して歩んでいるように見えたのです」。つまりニュルンベルクは文字通り圧倒的な歴史を誇る都市であり、我々はその両義性を、一日のうちに体感したのだった。ニュルンベルク博物館で、ガイドしてくださった年配の女性が最後に「これがドイツの、ヨーロッパの歴史です」と誇らしげに締めくくったのが、俄かに思い出される。

特に強く感じたのは、建築の意義の大きさ(あるいは冗談のようだが、「建築の大きさの意義」)である。その一角が博物館として利用されている、建造途中のままになった巨大スタジアム(ローマのコロッセオに倣っているがその1.5倍のスケールで造られているそうだ)をはじめ、礎石だけ造られた競技場など、とにかく大きさが人を圧倒する。それらはギリシャやローマの様式に倣って、美しく完成されるはずであった。そしてそれらは、ものを言わずに建っている──この沈黙は、そこに立つ人に対しても、まさに有無を言わさぬような力を有している。「歴史の偉大さ」はこうして無言の威力として働くことになる──いまや、建造途中のままになったスタジアムの無惨な沈黙は、むしろ別のものを伝えるのではあるが。ナチスに加担したハイデガーの「歴史性」という概念の、ひりつくようなリアリティを感ずる。「歴史に向き合う」としばしば言われるが、一体どのように向き合うのか、それにも方法が必要である。建築の重大さについては、ニュルンベルクの翌日に訪れたミュンヘンでも感じられたのだが、紙幅も尽きたので詳述はしない。

ちなみに私は、最後の朝に静かなエアランゲンの街をひとり歩いていて、歩道にひっそりと埋め込まれた金色のタイルのような石を見かけた。„Stolpersteine“(躓きの石)といって、ナチス時代に迫害されたユダヤ人の名前や生没年などを刻んだものである。それによれば、そこにはかつて50歳前後の夫婦が住んでおり、いまから76年前、強制連行され、殺されたということである。

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実質的に動いたのが四日間と、短い滞在ではあったが、ワークショップでもニュルンベルク視察でも、貴重な経験をすることができた。とりわけ人との繋がりは何にも代えがたい。参加させていただいたことに、心から感謝したい。国際学生会議は次回、東京で行われるそうである。ぜひまた参加できればと願っている。最後に、今回の機会を用意してくださった先生方、学生の皆さまに敬意を表しあらためて感謝したい。

報告日:2017年3月6日