総合地球環境学研究所との合同シンポジウム「地球の想像力:人新世(Anthropocene)時代の学び」報告
相馬 尚之

総合地球環境学研究所との合同シンポジウム「地球の想像力:人新世(Anthropocene)時代の学び」報告 相馬 尚之
日時
2017年1月26日(木)
場所
情報学環・福武ホール(東京大学本郷キャンパス)
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト2「共生のプラクシス──市民社会と地域という思想」
協力
総合地球環境学研究所

0. はじめに─「人新世」とは何か─

「人新世」とは、人類の活動が地球の環境や生態系に大きな影響を及ぼすようになった新たな地質学的年代を表すための、ドイツの大気化学者パウル・クルッツェンによる造語であるが、同時に近年の環境問題など人類の活動の帰結に対する反省を促す言葉としても注目されている。そこで本シンポジウムでは「人新世」を中心に、環境問題に対する文系理系を超えた諸科学の取り組みの在り方や、将来的な科学の目指すべき指針について、様々な立場から検討が加えられた。

午前にはIHSから6名、九州大学から1名、総合地球環境学研究所から2名の学生及び研究員がそれぞれポスター発表を行い、自らの研究テーマと関連させつつ「人新世」概念の射程について検討した。午後には早稲田大学の高野孝子先生、IHSの梶谷真司先生と総合地球環境学研究所の近藤康久先生の講演に加え、九州大学の矢原徹一先生、高知工科大学の西條辰義先生、総合地球環境学研究所の窪田順平先生を交えてパネルディスカッションが行われ、新たな科学の在り方が模索された。

1. ポスター発表及びシンポジウム報告─多様な学問をいかにつなげるか─

ポスター発表では、「イブン・シーナーの四元素論」「ゲーテの光学」「中国映画におけるPM2.5の表象」「フェルベークの技術者倫理」など学生や研究員の専門とするフィールドから、環境問題や人新世について検討された。イスラーム哲学やドイツ文学、中国映画といった様々な分野における科学や環境の表象を通じて、人間と自然の関係性についての多様な考え方が紹介され、現代の環境問題にも通底する人類の自然観の一端が示されたことで、人新世というテーマの広がりが確認された。だが一方で、各ポスターの発表内容と実践的な問題意識の間に乖離があることも指摘され、人新世という新たな時代において、人文的な諸知識を現実での解決にいかに架橋していくかという点において、改めて課題が浮き彫りとなった。

午後の講演では人新世について、「我々一人一人の活動が地球というシステムに影響を与える時代」という理解のもと、いかにして個別の生活を地球全体と結びつけるための科学および想像力を涵養するのかについて議論が交わされた。従来の知識重視の科学や教育の限界が共有され、それに代わる新たな手段として、リーダーシップ養成のための「決断科学」の重要性が唱えられ、他方では共有社会やオープンサイエンスの可能性から、情報や知識を共有するための協調と開放の必要性が述べられた。

このように今回のシンポジウムにおいては、ポスター発表と講演、パネルディスカッションを通じて「人新世における新たな科学の必要性」が問題とされたが、そこではこれまで盛んに推進されてきた「文理融合」が果たしてどの程度有効であったか見直しを求められているという事実も突き付けられた。これまで、しばしばそのような取り組みが単なる文系と理系それぞれの専門知識の混合になってしまい、必ずしも複雑化し多様化する科学並びに社会上の問題に対応するうえで有効ではなかったことが指摘され、「文理融合」が単なる口上に転落してしまうリスクについて繰り返し警鐘が鳴らされた。総合地球環境学研究所及び東京大学・九州大学のリーディング大学院プログラムは、いずれも学際的な研究と教育を掲げているが、それゆえに、既存の学際的科学を超える、新たな科学への道筋を見出す必要がこのようなシンポジウムにこそあるのだとの切迫感が強く表明された。

2. ネットワーク的「つながりの科学」の時代─科学・社会・市民の連携に向けて─

それでは、どのような科学が人新世にふさわしいのだろうか。

おそらく答えは一義に定まるものではなく、もしかしたら定めるべきではないのかもしれない。「文理の障壁」や「科学と社会の連携」、「産官学の連合」などは、近年に限らず幾度となく唱えられてきた課題であり、社会が変化するたびにその都度様々な回答が提出され、実践され、否定されてきた。問題は無限であり、また解法も無限である。それでも、人新世の科学の様式として、その礎に「科学は個人のものではなく、また環境も個人のものではない」という理解が必要であることが、今回のシンポジウムでは強調されていたように思う。

それは、実践においては科学者と市民の連携、すなわち大学と現場を結ぶことである。大学における科学の営みは、社会から隔絶した象牙の塔の娯楽であることはもはや許されず、自治体や市民など大学の外の様々な知性と手を組みながら課題と向き合っていかなければならない。そのような社会的な知のオープン・コミュニティを建設することは、これから一層重要になるだろう。

加えて、「科学や環境が個人のものではない」ということは、一人一人の活動を全地球的な次元において結びつけるための想像力を必要としている。個人の生活が環境に対して与える影響が、遂には各コミュニティを超えて全地球的に作用するばかりか、ひいては未来の世代の財産を搾取する恐れがあるように、人新世においては科学や教育の成果を、個人の点数や生産物によらず、広大なネットワークの中でいかなる貢献を成しえたかに基づいて評価するような、想像的な視野を獲得せねばならない。

そのような「つながりのための科学」を創造するのは容易なことではないが、そのための絶え間ない模索は、IHSプログラムも含め、新たな時代の科学者にとって欠かすことのできない使命であり、将来のためのその責は極めて重大である。人類の環境への影響が決定的となった人新世の世が明け、この時代を人類最後の時代としないための「人新世の科学」の挑戦は、未だ始まったばかりである。

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報告日:2017年1月28日