イタリア研修「食・地域・生命──中部イタリアにおける知の営みと実践」報告
佐々木 裕子

イタリア研修「食・地域・生命──中部イタリアにおける知の営みと実践」報告
 佐々木 裕子
日時
2016年10月22日(土)〜10月30日(日)
場所
イタリア・シエナ市、ボローニャ市、パルマ市および周辺地域、ローマ市
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)

本研修では、シエナ近郊の農場テヌータ・ラ・フラッタ、パルマ近郊のチーズ工場、パルミジャーノ・レッジャーノ博物館、生ハム製造所、ローマ市内のイータリー(Eataly)の各所を訪問した。またボローニャ大学では国際学生会議に参加し、16世紀に建築されたアルキジンナジオ館を訪問。世界最古の大学の一つの書物庫や解剖学教室を見学した。

テヌータ・ラ・フラッタは、土着のキアニーナ種という牛の飼育、食品加工、販売を行なっているが、宿泊施設や食堂も併設されている。19世紀の牛舎や工場、中世に建てられた礼拝堂などの景観を保持しながら、経営されていることが最大の特徴と言えるだろう。自然交配による再生産、他より長い飼育期間、肉の熟成期間などといった条件はコストのかかるものだが、直販などによって経費を下げつつ、固有種とそのブランド価値を守っている。近年では特に若年層の作業従事者を確保することが難しくなっており、移民労働者に頼るところが大きいという。移民の第一世代と第二世代のアイデンティティのギャップといった状況も起きており、農場は必ずしもグローバル化に伴う諸問題と無縁であるわけではない。

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パルマで見学したチーズ加工場は協同組合の経営によるものだ。ここで取り組まれている課題は流通・販売経路の確保といった経済的な側面のものだけではなく、パルミジャーノ・レッジャーノという名前、あまたあふれるパルメザンチーズとの区別、そしてその伝統的な製法をいかに守るかということにもある。印象的なのは職人たちが土着の赤牛の乳をためた釜に乳清を加えながら、指で凝固の具合を確認していた景。乳の分量や温度、塩加減、設備の使い方といった知識もさりながら、この指の感覚の継承こそが、伝統の継承という営みやその繊細さを最も体現しているかのように映った。

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続いて訪れたパルミジャーノ・レッジャーノ博物館には19~20世紀に使用されていたチーズ作りの器具が保存されている。釜や、乳をかきまぜる棒、チーズを塩漬けにする水槽が今日使われているものと同じ形をしていたことを確認できる。土着のチーズの歴史を主に扱う博物館が存続しているということ、ガイドの方の解説のよどみなさに、地域の食文化、その価値を守ろうとする気概を強く感じた。

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ハム工場での主役は豚肉で、パルマ特産のクラテッロ・ディ・ジベッロと呼ばれる生ハムや、その他のサラミの加工と熟成の過程を追う事ができた。加工場から届いた肉は塩漬けにされ、膀胱や腸にくるまれ、紐でしめられ、18~20か月、長いもので24~30か月熟成される。それは肉の水分を落とすための時間でもあるが、白カビが肉に香りを与えるための時間でもある。害虫や鼠の駆除、温度管理などは法律で厳密に定められているという。特徴的なのは工場に漂う香り。特に最終段階の熟成室はアンモニアのようなにおいに満ちていて、慣れるまでに呼吸するのが苦しいほどだ。それはどことなく納豆やキムチのパッケージを開けたときのにおいを感じさせるが、発酵が進んでいることを示す香りとのことで得心がいく。カビや菌は単に汚い、危険なものなのでなく、保存のきく食物を作るために欠かせないものだということを確認した。

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このような食品がローマのイータリーの売り場でも見つけられたことは感慨深い。イータリーはスローフード運動への賛同を示す食料店で、報告者の購入したいくつかの食品の成分表示にも「BIO」という言葉が多く書かれている。同社はイタリア国内だけでなく米国や日本にもチェーン展開をしているが、特にローマ店は最大規模の店舗だという。食品だけでなく化粧品や薬品などの生活用品も扱っており、イートインスペースや書店もある。ただし多くの製品の値段はイタリア国内の通常スーパーよりも高く設定されている。

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この研修の目的は、「食」と「地域」の関係性、「食」の伝統と歴史、「食」にまつわる近年の社会運動について学び、考察を深めることにある。言うまでもなく、食べるという行為を無しにして生きていくことは原則的には不可能であるのだが、ゆえにこそ「食」の生産に関わる空間・時間についての語彙や想像力を広げることは、何が「生」を成立させるのか、あるいは「生」を可能にさせるものが現在の社会・経済体制の中でどのように配分されているのかについて考えることに密接に関連している。  

グローバル企業によって化学物質を駆使した食品が大量生産され、市場を占めていく状況の中で、地域的な「食」の製造や、「食」を中心としたコミュニティ、地域経済を維持していくことは重要な価値を帯びる。研修中、これまでのIHS主催による地域の「食」文化、「食」経済に関わる実地研修や講演についての話を伝え聞いたが、挙げられたテーマの中でも特に興味を覚えたのは食材の種の多様性が激減しているということだ。品種改良や遺伝子操作などの技術を利用した食物の大量生産は、そのような生産体制に向いた種を残し、そうでない種の再生産や流通を困難なあるいは不可能なものとさせる。このことは消費者を特定のアレルゲンに曝し続けるということを引き起こす。例えばパルミジャーノ・レッジャーノの協同組合は、その名称を名のる特権性を生産者や販売者に授与するのが目的なのではなく、他のチーズとの「区別」を守ることが目的だというが、このような差異の保持の営みは単に文化的に評価されるのみにとどまらず、「食」の経済が人の身体やその生存に何を起こすかという文脈におかれて評価されるべきものでもある。

だが一方でイータリーに入れば、そのような「区別」をもった安全な「食」は、差異を持つからこそ市場価値を帯びて生き延びることができるというジレンマに加え、そのような価値を帯びるがゆえにこそ誰もが享受できるのではないものとなっている様子が分かる。となれば、最低限の暮らしを営む人々にとっては、そのような「食」へのアクセスは容易ではなく、すでに存在する生活の困難に加えて、その生存を何とか可能にする低価格の食物の危険性に、より集中的に曝され続けるということになる。無論、それぞれの食品の製造過程を考えれば、ある程度の値段がつくのは避けられないことだが、そのような価格設定をせざるを得ない状況に対して、「食」をめぐる社会運動がどのように切り込んでいくのかについて今後注視が必要となるだろう。

最後に、この研修で見学した諸施設では、作業にあたる職人が男性であり、その現場を案内する人は女性であるというケースが多かったこと、なかでも、男性中心の現場ではあるので女性が入っていくのが大変だと述べていた方がおられたことを指摘しておきたい。安易に判断することは避けるべきだが、もし労働現場のジェンダー・バランスが不均衡であるならば、それは少なくとも定義上は持続可能な社会の構築に寄与するものとは言い難くなる。またテヌータ・ラ・フラッタで会話を交わした地元の女性が、フェミニズムが成し遂げてきた功績は多いものの、家事や育児に携わる男性はいまだに少なく、ステレオタイプなジェンダー観はいまだに強く残っていると述べていたことも想起される。イタリアにおける都市/地域や、公的/私的な空間の区別、それにもとづく労働のジェンダー化や格差問題について学ぶことの必要性、そしてこの観点を踏まえた上で「食」の問題は問われるべきであるという確信が強まっている。今回の研修では問題系の整理にすら至らなかったが、再度訪問する機会があれば、現場の方々にぜひ意見や実感をうかがいたい点である。

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報告日:2016年11月20日