小峰園子氏講演会「都市住民の農村交流の広がり〜博物館における農業体験事業〜」報告
石田 柊

小峰園子氏講演会「都市住民の農村交流の広がり〜博物館における農業体験事業〜」報告
 石田 柊
日時
2016年7月8日(金)5限(16:50 - 18:35)
場所
駒場キャンパス8号館205教室
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト2「共生のプラクシス──市民社会と地域という思想」

7月8日に、「共生のプラクシス 市民社会と地域という思想」プロジェクト演習の一環として、小峰園子氏に講演をいただいた。小峰氏は、葛飾区郷土と天文の博物館で学芸員を務めるかたわら、茨城県つくばみらい市のNPO法人「古瀬の会」と協力して農業体験事業を運営している。本報告は、小峰氏の講演およびその後の質疑応答の内容を報告者が再構成したものである。

葛飾区郷土と天文の博物館は、東京都葛飾区の歴史を主な題材とする博物館である。現在の葛飾区にあたる地域は、1950年代以降に都市化が進むまで、水田の広がる農業地域であった。こうしたかつての葛飾区の姿を紹介し伝えることが、この博物館の重要な目的の一つである。中でも、この博物館がとりわけ力を入れているのは、行為の伝承、典型的には過去に使われていた農具や民具の使い方の伝承である。博物館で収集される民具の中には、使われなくなってからかなりの年月が経ち、使い方を知っている存命者がほとんどいないようなものが少なくない。そうした民具の使い方を解明し、学芸員自らがそれを習得し記録することは、民俗学上非常に大きな意味を持っているのである。

この博物館のもう一つの大きな活動として、かつて葛飾区で行われていた農業を、都市部の人々(児童からなる「田んぼジュニア」、およびそれ以外の人々からなる「田んぼサポーター」)に体験してもらうというものがある。この農業体験事業は、茨城県つくばみらい市旧谷和原村地区の農家によって構成されるNPO法人「古瀬の会」の協力を得て行われている。谷和原村は、大きな河川が近い低湿地であるという点でかつての葛飾区に近い自然環境を有しており、谷和原村での農作業を通して、参加者は60年以上前に葛飾区で行われていた農業を疑似体験することができるのである。このほか、博物館の近くに水田があり、主に「ジュニア」が農業体験に使う。これらの農業体験事業において顕著なのは、「ジュニア」で年間12回、「サポーター」で年間40回(それぞれ約半分が谷和原村での活動である)という高い活動頻度である。他の類似の農業体験事業には、典型的にはサマーキャンプの形で、農業体験を娯楽として売り出すことで都市部の人々の関心喚起に努めるものが少なくない。小峰氏によれば、こうした事業は確かに農業体験への参加への障壁を低くするという利点を持つけれども、実際の農村生活を理解するには不十分である。そのため博物館が「古瀬の会」と協力して行う農業体験事業では、このような要素を極力排し、参加者が可能な限り実際の農業や農村生活に触れる環境を整えている。

ここまで述べたように、葛飾区郷土と天文の博物館の目的は、都市葛飾がかつて有していた農村文化を現在の都市住民に伝えることである。この目的を達成するために、谷和原村の「古瀬の会」と協力し、都市の人々の農業体験を促進する事業を展開している。しかし裏を返せば、この事業で体験できる農業は60年以上前に葛飾で営まれていた伝統的な農業であって、現代日本の農村で営まれている農業からはかけ離れたものである。実際、「古瀬の会」に所属する農家はみな大型機械を用いた現代的農業を営んでおり、都市の人々に対しては伝統的農業を教えているのは、農業体験事業に伴う例外的な活動にすぎない。これは一見すると、既に廃れた文化を観光のために資源化・保存し「文化」として扱うという、文化政策にしばしば見られる矛盾を冒しているようにも思われる。しかし、前述のように、この博物館は既に見られなくなった行為の伝承に力を入れており、現代的ではない農法を再現することの意義は、その観点から測られる必要がある。加えて、興味深いことに、「古瀬の会」を構成する農家は、農業体験に訪れた都市住民から現代的農業を隠すわけではなく、場合によってはむしろ現代的農業の一部を体験させることがある。ここでは、伝統的農業の体験を通じて過去の葛飾を理解するという当初の目的と並行して、現代的農業の体験を通じて現在の農村を理解することも、付随的に目指されていると言ってよいだろう。

以上のような活動に、小峰氏は博物館学芸員という専門職として携わっている。氏は、学芸員としての自らの責任を、地域の博物館利用者の要望に応えながら農村文化を都市住民に伝えるものと位置付けている。こうした責任を果たす上で、小峰氏は、農村生活のうち特定の一部分だけが伝わることを慎重に避けている。これは以下のような考えに基づいている。農村に対して都市の人々が抱くイメージや期待は、農村の現実の姿には必ずしも一致しない。こうした不一致は、都市住民にとって農村文化の一面的な理解につながるばかりか、しばしば都市住民と農村住民の(またはそれに起因する農村住民同士の)トラブルを生む。このような衝突を防ぐためには、農業の楽しい側面だけを切り取って商品化するのではなく、実際の農村生活のありようを極力精確に伝えることが求められるのである。言い換えれば、小峰氏の学芸員としての活動は、都市とは異なる農村の価値観や文化を都市住民に紹介する営みであると同時に、それを通して、都市と農村という異なる文化圏の仲介・調停にまで踏み込む営みなのだろう。

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報告日:2016年7月31日