瀬戸内研修「アートによる地域振興──海・島・生命のかたち」報告
國重 莉奈

瀬戸内研修「アートによる地域振興──海・島・生命のかたち」報告 國重 莉奈
日時
2017年2月20日(月)〜23日(木)
場所
瀬戸内海・直島、豊島、小豆島
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト1「生命のかたち」

直島・豊島のアートプロジェクト

普段私は生命科学の研究をする毎日を送っており、瀬戸内におけるアートと言われても草間彌生さんのかぼちゃが思い浮かぶ程度の知識しかなかった。そのようなアートとは縁遠い私からすると、アートによる地域振興など可能なのだろうかという気持ちがあった。しかし実際に直島と豊島のアート作品をみて、その面白さに大変惹き付けられた。

最初に訪れた豊島美術館では運良く雨が降っており、作品中の湧き出る水と上から降る雨粒が一体となって大きな水たまりを作っているのを見ることができた。従来の美術館では光や雨や音を完璧に制御しているため、安定した環境の中で作品を鑑賞できるかわりに、作品と土地との関わりがなくなってしまう。しかし豊島美術館は瀬戸内の環境と一体となった作品であり、その場所でしか成立しない作品であることを実感した。

豊島では「心臓音のアーカイブ」、直島では「家プロジェクト」や地中美術館を訪れ、数多くの作品を見ることができた。振り返ってみると、特に私が楽しめた作品は体験型のアートであった。例えばタレルの「バックサイド・オブ・ザ・ムーン」など、鑑賞者が自身の感覚の時間変化を感じることができるものはアートの知識が全くなくても楽しめた。私のような都市生活者にとっては、真っ暗な空間自体が非日常的であり、そうした空間に15分何もせずとどまる体験は貴重だった。また、他人を真っ暗な部屋に15分居させることができるアートという場の面白さも感じた。

近年インスタグラムなど写真を共有できるSNSが流行っており、写真映えするアート作品に人気が出ているらしい。展覧会の開催者側も、お客さんがSNSで写真をあげることがPRになることもあり、写真撮影を許可することが多くなっているようだ。そのような流れをふまえると、特にタレルの「オープン・フィールド」などの作品の面白さは写真では伝わらないという意味でまったく性質が異なる。瀬戸内のアートの多くは写真だけでは魅力が伝わりきらないものが多かったが、それはゆったりとした時間の中で作品が置かれた環境を含めて鑑賞するからこそであると思った。逆に言えば、今回私としてはピンと来なかった作品でも、座ってゆっくりと時間をかけて鑑賞すれば(できれば)もっと楽しめたかもしれないと思った。

アートによる地域振興という点については、福武財団事務局長の金代健次郎さんから、多様なステークホルダーを考慮するのが難しいというお話を伺った。直島、豊島はそれぞれ長らく工業、農業を産業としてきた島であり、観光業が盛んになったのは比較的近年であることを考えると、住民の中には観光客が町をウロウロするのをよく思わない人もいるだろう。そのような意味で、単に人を呼ぶアートサイトを作るだけではなく、プロジェクトそのものに住民を巻き込むことが財団の取り組みにおいて大きな課題となっていることを知った。そのための具体的な取り組みとして、例えば宮島達男さんの「Sea of Time'98」では住民がデジタルカウンターのセットに参加しており、そのようなことをきっかけにして住民が作品を身近に感じることができるのだと思った。しかし、継続的に住民に参加してもらうという理想的な状況を作ることは、実際にはとても難しそうだとも思った。

また、豊島では豊島住民会議事務局長の安岐正三さんから、産業廃棄物の不法投棄という近代の負の遺産について学んだ。瀬戸内の島には豊島の他にも今回訪れることのできなかった犬島の精錬所や大島のハンセン病療養所がある。どれも「物」として負の歴史の証拠が残っていることが見る人に強い印象を与える。今後もその「物」を受け継ぐことが大事だと思った。

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小豆島のヘルシーランドの取り組み

後半には、直島・豊島とは異なり昔から観光業を行ってきた小豆島を訪れた。ヘルシーランドのオリーブ事業を見学した後、柳生忠勝副社長のお話を伺った。普段、私は経営という視点からものを考えることがないため、経営における様々な工夫のお話が興味深かった。特に、オリーブを食品ではなく化粧品にすることでより高い付加価値をつけて販売できることや、季節が逆のオーストラリアのオリーブをうまく活用するといった話を新鮮に感じた。

生命科学の研究をしている身としては、オリーヴ健康科学研究所の所長、岸本憲人さんのお話が特に興味深かった。研究による科学的な裏付けがあることは消費者にとっても安心につながり、企業にとっても製品のイメージ向上という利点がある。新商品の開発というかたちで直接社会に貢献できることは大学における研究にはない魅力だと感じた。

小豆島のアートについては、妖怪画家の柳生忠平さんなど実際に島に住んでいるアーティストがいるということが特徴的だと思った。アーティスト・イン・レジデンスというプログラムもあるそうだが、そのような取り組みによりたくさんのアーティストが住む島になったら面白そうだ。

小豆島は人口も3万人と多い方だが、それでも人口減少の問題があると聞いた。移住者を受け入れるというのは一つの解決策である。最初の移住者にとっては移住のハードルは高いだろうが、先例があれば次からは段々とハードルが下がってくるものだろうと思う。今の内に他の過疎の地域に先駆けて移住者を受け入れることができれば後々大きな差がつくのではないか。今回小豆島研修のアテンドをしてくださった磯田周祐さんによると、島には閉鎖的な雰囲気があり、他所から来た人に家を貸したがらないらしい。移住先を決めるにあたって、移住者を歓迎する雰囲気があるかどうかは、もしかすると仕事以上に重要なポイントかもしれない。その問題さえ克服できれば小豆島自体の景色・気候などは移住先として魅力的だと思った。

オリーブの事業は宇野千代さんとのつながりから始まったという話や、プラントハンターの西畠清順さんとのつながりから千年の樹を移植することができたという話を伺った。私はこれまで事業というと何もないところからアイディア一つで始めるようなイメージを持っていたが、ヘルシーランドの場合は人とのつながりから始め、広げていったのだということがわかり、大きな学びであった。

もともと観光業を行ってきた小豆島の気風もあるのか、それとも単純に人口の多さなのかは分からないが、小豆島は今回訪れた島の中でも特に勢いを感じた島だった。小豆島ではオリーブの生産やアートプロジェクト以外にも、宝生院の樹齢1500年とも言われる真柏の大樹やオリーブ牛など経済や文化に独自の拡がりがあり、また、研修中に訪れた居酒屋「なぎさ」や渕崎パンなど、島民が減っても小豆島の内需と交流に依然として活気があることを伺わせるスポットが多々あった。また、ヘルシーランド以外にもオリーブを栽培している企業が複数いたり、巨大な観音像を建てる人がいたり、岩を使った庭園を作ろうとする人がいたりと、(磯田さんがおっしゃっていたように方向性がばらばらであるという問題点があるにせよ)小豆島を盛り上げようという人が少なくないことは心強いことだと思った。

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