イタリア研修「食・地域・市民社会——スローフードと多様性」報告
椢原 朋子

イタリア研修「食・地域・市民社会——スローフードと多様性」報告 椢原 朋子
日時:
2014年10月24日(金)~10月30日(木)
場所:
Pollenzo[10/25:食科学大学、ワイン農場Villa Contessa Rosa]、Torino[10/26:リンゴット「テッラ・マードレ」、10/27:市内再開発地区、トリノ大学、10/28:カステッロ・ディ・リーヴォリ]、Cellarengo[10/28:アグリトゥーリズモCascina Pappa Mora]
主催:
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)「共生のプラクシス──市民社会と地域という思想」教育プロジェクト
協力:
トリノ大学、食科学大学

食科学大学見学とワイナリー見学

イタリア研修初日、食科学大学の見学を行うため、市内のポルタ・スーザ駅からブラ駅まで鉄道で向かい、その後、大学のあるポッレンツォまでバスで向かった。バスで大学に向かう途中でいくつか記念碑を見かけた(Fig.1)。これはナチスに対して行われたレジスタンス運動で亡くなった人々を記念するためのものである。激しい軋轢にさらされた地域の苦悩と、それが故の自国に対する強い思いを感じることが出来た。

食科学大学では、ガイドの方の案内で学内施設を見学した(Fig.2)。食科学大学で学べる様々なコースについてガイドの方から説明があったが、私にとって最も印象的だったのは、sensory analysis(感覚分析)に関する話である。伝統的な食の味を記録し伝えるこの授業は、目の前に出された食品を味わって、その形や味、食感などを学生一人ひとりが学習し感覚を磨いていくという内容であった。味を記録するというと、理系の私は料理の成分分析を行うと思ったのだが、実際の授業で行われていることは、地域の味を伝える職人を育てることを目的としている。そうして育った職人たちが世界で活動し、地域の味を世界へと広げるのである。スローフードの活動は、地域の食とその地域の人々との繋がりそのものに根ざしていると感じた。

午後からはアルバにあるフォンタナフレッダというワイナリーに行き、伝統的なワインの造り方などを学んだ。なかでも、長期保存するために、コンクリートやステンレスの樽が使われていたのが印象的だった。科学の進歩と共に、伝統的な技術や文化もまた変化しているのだと感じた。

Fig. 1 食科学大学内にあった記念碑。
Fig. 1 食科学大学内にあった記念碑。
Fig.2 食科学大学校舎。サヴォイア家の農園に立つ。
Fig.2 食科学大学校舎。サヴォイア家の農園に立つ。

テッラ・マードレ

さて、今回の研修のメインイベントの一つである、テッラ・マードレに26日参加した。テッラ・マードレは、2年に一度小規模生産者により開催されるスローフードの国際会議で、皆で食について考える機会となる。会場は旧フィアット本社工場を再利用し、現在はショッピングモールや博物館などが運営されている。午前に聴講したコンファレンスでは、ブラジルとアルゼンチンにまたがるグランチャコという半砂漠の地域でのスローフードに対する取り組みについて紹介されていた。それらの地域では約80%の人々が自給自足で生活していたのだが、現在はこの地域で育てられた作物の商業化に向けても取り組んでいるらしい。スローフードの捉え方は様々であるが、地域の人が育てた作物をその地域特有の調理法で食べる地産地消は、スローフードの在るべき姿のひとつではないかと思う。しかし、商業化もスローフード運動の課題のひとつであるようだ。さらに、経済的に豊かな国とそうでない国の考えるスローフードには大きな違いがあることを感じた。楽しむための豊かな食と、生きるための食とでは、同じ方向を目指せるのか疑問である。食の多様化(または選択肢の多様化)と商業の関係、スローフードのあり方、経済的豊かさと食の関わりについて考えさせられた。

午後は日本からの出展者のもとにお邪魔し、お話を伺った。日本酒やお茶など、日本の良いものを世界に広めたいが、ヨーロッパでは食事作法の違いや固有の文化へのプライドのため、なかなか受け入れられ難いとおっしゃっていた。多様性があることは選択肢の豊かさをもたらすが、他地域に広がった食が必ずしも受け入れられるとは限らず、文化の壁が存在する。

その後、食科学大学と共同で発表を行った。我々は、愛知県奥三河で行われている「花祭」という地域のお祭りを題材に、人々の精神と農業との結びつきや、その文化の若い世代への伝承のあり方などについて発表を行った。発表準備に際して、IHS特任研究員の内藤久義さんに花祭の起源や文化的背景などについての詳細なレクチャーをしていただき、そのうえ貴重な映像の提供までしていただいた。深く感謝申し上げる。

市場見学と市内見学

27日午前、市内で開かれている市場の見学を行った。市場は大変大規模で活気があり、品物はどれも新鮮でおいしそうだった。ポルチーニきのこや生きているエスカルゴなど、日本では見られない食材や、スローフード運動のきっかけとなったペペローニも売られていた(Fig.3)。ペペローニはピエモンテ州の郷土料理に使われるピーマンで、スローフード提唱者のカルロ・ペトリーニ氏が、廉価な大量生産の作物による侵食に危惧を覚えたことが、伝統の種を守る活動でもあるスローフード運動へと繋がったのである。

市場の他にも、様々な歴史的建造物の見学を行った。そのなかでも一際重厚な雰囲気を放っていたのはカリニャーノ宮殿であった(Fig.4)。ここはイタリア王国誕生が宣言された場所であり、建物の正面中央にはその宣言文が記されている。現在は記念博物館として、地方銀行からの資本で運営されており、国の歴史を大事にするトリノの人々と土地との強いつながりを感じた。

Fig.3 市場で売られていた、スローフード運動のきっかけとなったピーマン、ペペローニ。
Fig.3 市場で売られていた、スローフード運動のきっかけとなったピーマン、ペペローニ。
Fig.4 カリニャーノ宮殿
Fig.4 カリニャーノ宮殿

トリノ大学とのGraduate Conference

トリノ大学との合同コンファレンスでは、トリノ大学とIHSから各自の専門分野について発表した。理系の学生は私を含め2人だったが、文系の方から意見をいただけたのが面白かった。科学技術の開発を行う際には、それが社会にもたらす利点ばかりに目を向けるのではなく、資源の消耗やエネルギー消費などといった社会的影響、自然環境に及ぼす影響を、長期的な視野で考えなければならないと思った。

現代美術館カステッロ・ディ・リーヴォリ見学

28日、トリノ市内から少し離れたリーヴォリという街の現代アートの美術館を見学した。ここは旧サヴォイア家居城を再利用しており、建物内部の外壁などは当初のまま残されていて、現代アートとのコラボレーションが面白かった。トリノでは昔の建物が再利用されていることが多く、そのどれもが昔の威厳を残しつつ、現代の人々と共存している印象を受けた。現代を生きる人々も歴史を尊重し誇りを持って生きていることが分かった。 

Fig.5 カステッロ・ディ・リーヴォリ外観
Fig.5 カステッロ・ディ・リーヴォリ外観

アグリトゥーリズモ

食物の由来について考えるというスローフードの理念において、生産者は枢要な存在である。しかし普段の食事の中では、生産者の人たちのことを考える機会はえてして限られている。そこで、実際の生産者から話を聞き、その人たちの作った作物を食べるという、生産者と消費者の日頃味わえない密接な関係を体験できると思い、アグリトゥーリズモに参加した。今回訪問したCascina Pappa Moraでいただいた夕食では、愛情を持って作られた料理で、どれも野菜の味がしっかりしていて大変おいしかった。本来の人間的な生活をしているような気分になれて、充実したひとときだった。ここでは問題を抱えた人たちを受け入れ、心や生活の再建をすることにも寄与している。人間の精神と食は深く結びついている。

まとめ

イタリア研修は私にとって、科学技術と食との関係を考えるいい機会になった。科学技術によって、飢餓の予防や食品のリスク軽減など、食に関する重要問題への様々な解決策を提示することが出来るだろう。しかし、食はもっと精神に結びついたものであり、一概に科学技術が利益をもたらすばかりではない。遺伝子組み換え作物と有機作物との対照や、貧富の差による食への考え方の違い、地域と人との結びつきといったテーマを前にして、科学技術はどうあるべきなのか、考えていかなければならない。

イタリア研修「食・地域・市民社会──スローフードと多様性」報告 椢原 朋子

報告日:2014年11月5日